日教組被災地支援・復興ボランティアに参加して 2013年09月27日
私たちが従事したボランティアは、岩手県下閉伊郡山田町立山田北小学校のプール監視補助だった。私は個人的に初めての東北、初めての被災地訪問だった。山田町は牡蠣の養殖の盛んな町である。子どもたちはたくさん来てくれるのか、また、どんな顔をして被災された方々と接すればいいのか、様々なことを考えながらの奈良から約11時間の道中だった。
 8:40、宿泊先をタクシーで出発、山田北小学校へ。自己紹介の後、小学校の先生からグラウンドまで波がきたこと、体育館が避難所になっていたこと等の説明を受け、プールへ。もうすでにそこに開始時刻よりも30分は早く来て待ちきれない子どもたちの姿があった。2日間共にそうだった。震災以来、海水浴ができないのでプールが唯一の楽しみとのことだった。最大32人の生徒達と午前・午後、たっぷりと遊んだ。震災の話はしなかった。傾いたプール、小学校の周りの風景が物語っている。保護者の方も監視員をしに来てくださっていた。学童の先生も生徒達の様子を見に来ておられ、プールで大人と子どもたちが集う。学童の先生と震災時の話をした。“3月11日、仕事で打ち合わせしていて地震に遭った。その夜のPM11:17(忘れられない時刻とのこと)役所の人から仕事を割り当てられる。500mlのペットボトルに1人1日1本の飲み水を確保するのが仕事だった。自分の家も流されてるだろうなあとは思ったが、それどころではなく、結局自分の家を見に行ったのは1ヶ月後のことだった。物資もありがたいが、こうやって来てくださるのが本当にうれしい”と大変喜んでいただき、2日間だけというのが大変申し訳なく思った。
 16:00 プールの後、小学校への行き帰りにお世話になった山崎タクシーさんとの御縁で、社長さんが山田町の被災現場を案内してくださることになった。辺りの風景の、当時と今の比較写真を丁寧に見せてくださり、説明いただいた。社長さんもお母様、社屋、自宅、タクシーを奪われ、義兄様は行方不明という被災者だ。にもかかわらず、懸命に移動手段を絶やすまいと、無事だったガス車で3月17日には営業を再開されている。町の中は建物の基礎部分だけが残り、そこに草が生えて、という景色。沿岸部では重機の音が鳴り響く。波が破壊した建物がいくつか残っていたが、この高さまで波がきたのかと想像するだけで苦しくなった。山崎さんの“あの時、右に行ったから助かったとか言うけど、そんなのは関係ない。私もたまたま、生きてるだけ。それだけ。母親を亡くした。もっとしゃべっておけばよかったと思ったね。もう震災は関西の人には過去のことですか?”という言葉が印象的だった。書ききれないが、他にも被災された方と話すことができた。どんな顔をして行けばいいのか、と気を遣ったが、皆さんは惜しみなく丁寧に説明してくださる、温かい人たちだった。当時を思わせる建物はどんどん取り壊されているので見るなら今だよ、と言われている方もいた。
 個人主義、個人の責任、まずは自分でしょう、とよく聞かれる言葉だが、自分だけのために人はどれだけ頑張れるのだろうか。人はひと(人・他人)のために生きるということを考えさせられた岩手訪問だった。
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